2014年1月13日月曜日

吊異界


特殊な文章を11本収録。
「鯉」「早足」「無痛」「親指」「ドイツ」「事故」「定番」「動画」「焼きそば」「毛穴」「自治」。
料金(税込):880円(単品購入だと各110円)
購入はnoteで→吊異界

  抜粋作品:鯉

   豚のような夫婦に売り飛ばされた千尋は、熱海のエロ宿でピンクコンパニオンとして働いている。極上の未成年だったので突出した人気ですぐに稼ぎは増え、妬んだ他のピンクコンパニオンからは千尋ではなく、「せんずり」という蔑称で呼ばれていた。やり手婆婆のツバメとして囲われていた未成年ホストの「吐く」は金と生活の為にプライドをかなぐり捨て性奴として奉仕する日々であった。ある日、金を持った男を篭絡する為に整形を繰り返し、それによって顔面崩壊したカオイジリがエロ宿に現れる。カオイジリは千尋の稼ぎに関心を持ち、これを利用すべくおいしい話を差し出すのであった。が、過酷さの中で既に他人を信用する人格ではなくなっていた千尋は酒焼けした声でそれを拒絶した。希望を失ったカオイジリは付近の酒場で知り合ったヤクザに思いの丈を全て吐き出し、資産家と称する婆婆の家に連れてゆかれる。そのままカオイジリの消息は不明であったが天涯孤独の為、捜す者はいなかった。「北朝鮮にでも連れていかれたんでねえか、それともぬっ殺されて、内臓売られたんだべ、うひゃひゃ」やりて婆婆は吐き捨てるように言って笑い、「吐く」は性奴として頷くのであった。「吐く」はカオイジリ同様、千尋に新たな商売の可能性を感じ取っていた為、当初より協力的であった。千尋もまた「吐く」の思惑を感づきながらもエロ宿での立ち回りに彼を利用した。昔から「吐く」のような男は千尋の前を繰り返し現れ通り過ぎていった。皆、同じような屑であった。エロ宿を訪れる男たちに弄ばれ金を稼ぎ、それを目当てに「吐く」のような屑が次々と寄ってくる。生まれてからずっと、どうしようもないドブ川でのたうち回っているのだ。わずかに許された休憩の間、千尋は宿を抜け出し人生の抜け殻としてたくましく生きる己を引きずりながら温泉街を歩いている。橋の欄干から川の流れをじっと眺める。煙草を咥え火をつける。長い溜息と共に煙を吐き出す。曇り空の向こう側で柔らかい太陽の光が滲んでいる。暖かくもなく、肌寒くもなく。千尋は再び煙草を深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。ふぅっと吐き出しているその時だけ、人間に戻れるような気がするのだ。

(了)